◆◆◆「資本論」の研究◆◆◆

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「@p7〜p62」など丸数字は新版『資本論』の分冊を表し、pはページです。改定ごとに徐々になくなっていきますが、小文字表記に続く、「@P7〜P56」などの丸数とそのあとの大文字は、新書版『資本論』の分冊とページです。今後出てくる「MEL」は大月書店のマルクスエンゲルス全集「13巻」を表します。

 2025年1月のオンラインゼミ以降、重要な個所はこのように背景色をオレンジにしました。それ以前のページも順次適用されていきます。

 同様に、ykbdataの独自の見解(異論も)を展開する部分や、ykbdataによる引用は、順次、このようにライトグリーンの背景にします。

 同様に、このような狭い段落が、強調部分を表すのに使われていましたが、それは上のように改定され、『資本論』や他文献からの直接の引用がこのように狭い段落となります。これも順次改定されます。

 #002:序言、あと書き @p7〜p62

 さて、本論に入る前に第一部へのいくつかの序言やあと書きについて言及しましょう。

序言〔初版への〕 @p7〜p16
 初版への序言は、祖国ドイツに対する思いがにじみに出る文書のなかで「経済的社会構成体の発展を一つの自然史過程ととらえる私の立場」(p14)と、資本主義をのりこえて進む人類の展望が、公然と宣言されています。

あと書き〔第二版への〕@p17〜p34
 第二版へのあとがきでは、なんといっても、当時のドイツの頽廃した思想状況に対し、「私は、自分があの偉大な思想家(ヘーゲル*ykb)の弟子であることを公然と認め、また価値理論に関する章のあちこちで、彼(ヘーゲル*ykb)に固有な表現様式に媚(こび=相手に気に入られるような態度*ykb)を呈しさえした。」と告白していることに注目しないわけにはいきません。「資本論」第一部第一篇の特別の難解さは、マルクスがヘーゲルの弁証法(論理学)の表現様式を意図的に取り入れたところにあります。

(引用文中の(・・・*ykb)はykbdataの注釈、以降も同様)

 私は、十数年前から何度となく「資本論」に挑戦しながらも、最初の第一篇でいつも挫折しては放り出していましたが、2年ほど前(2000年)に、このあとがきをはじめて読んで(いつも本文をいきなり読み始めていたが)、「急がば回れだ」と、ヘーゲルの「小論理学」を解説書(高村是懿よしあつ「ヘーゲル『小論理学を読む』」上・下、学習の友社、1999年)を首っ引きで1年がかりで読み通しました。それから本文を読み始めたら、「はっはん、ここはヘーゲルに媚を売っている」という感じで、すらすらと読み進むことができました。
 ヘーゲルとykbdataのかかわりはこちらです。【2021/12/23追加】

 第一部第一篇を読む場合、デューリングの言う「混乱したもうろう観念」(エンゲルス「反デューリング論」T、国民文庫、p66)に徹底して付き合うことも一つの方法ですが、エンゲルスの解説=「資本論要綱」(これは第一部の第一篇から第四篇までの最良の解説書です)のように、「もうろう観念」にはほとんど付き合わず、マルクスの理論の大枠をつかむ読み方もあります。不破さんも、その講義から受ける私の印象では、これについてはあまりこだわっていない様子です。いますぐ読みたいなら、一行一行の意味にはあまりこだわらず、分からないことは保留して読み進めることも、一つの読み方です。
 ykbdataは一行一行にかなりこだわります。【2025/8/14追加】

第三版へ @p39〜p43
 第三版への序言では、マルクスの死んだ1883年、エンゲルスが弔意を表すとともに自らが「資本論」完成の事業を引き継ぐ決意を表明していますが、私が注目するのは、マルクスの引用について、それが大まかにいって2種類に分かれること、つまり、ひとつは事実の証明、もうひとつは経済学上の有意義な思想をいつ、だれがはじめて語ったかというものです。(@p42)「資本論」第一部は引用がたいへん多いので参考になります。

編集者の序言〔英語版への〕 @p44〜p51
 エンゲルスの英語版への序言(1886年)では、発達した資本主義国イギリスでの平和的な革命に言及してします。(p50)

 エンゲルスは、すでに1847年に書いた「共産主義の原理」(1921年公刊)で議会の多数を得て(「民主主義的国家制度」、MECp389〜p390)の革命について論じています。さらにエンゲルスは1991年の「エルフルト綱領批判」で、労働者階級は民主共和制(議会制民主主義)のもとでしか権力をにぎることができないと主張するようになります。(MEp241)

第四版への序言 @p52〜62
 エンゲルスによるものですが、時代的事実に関連することなので、とっつきにくいものですが、全体を把握すると、「資本論」の強固な事実性を感じます。

@p54〜p55
 すなわち、ドイツの工場主連盟の機関紙「コンコルディア」から、国際労働者協会の創立宣言でマルクスが引用したイギリス議会でのグラッドストン(イギリス自由党の指導者、当時は大蔵大臣、後に首相を務める)の予算演説(1863年4月)で、つい本音が出て速記録では削除された「人を酔わせるような、富と力のこの増大も・・・まったく有産階級だけに限られている」という部分を「マルクスはこの文章を形式的にも実質的にも偽ってくけ加えたのだ!」と非難されたことへの反論です。【2025/8/15追加】

速記録で削除される前の「タイムズ」紙に載った全文 @p55
 これがこの国の富の現状である。私個人としてはこう言わなければならない。人を酔わせるような、富と力のこの増大も、もし私の考えるようにそれが裕福な境涯にある階級だけに限られているのであれば、私はこの増大をほとんど憂慮と苦痛とをもって見ざるをえない、と。この増大には労働人口の状態は全然考慮されていない。私の述べた、そして正確な報告にもとづくと思われるこの増大は、まったく有産階級だけに限られている増大である。

 次はいよいよ本論に入ります。

2002年4月23日 ykbdata(2025/8/15改定)

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